一義流気功で行われる治療法について、それぞれを詳しくご説明いたします。「治療法の名前」「右側の+」を押すと、解説が表示されます。

検査法

潜在意識は、自身の肉体と精神について完全な情報を持っています。潜在意識にとって盲点であった問題でも、観点さえ提供されれば容易に把握できます。

また潜在意識は、他人の潜在意識と自由に交流し情報を共有します。これがユングで言う集合的無意識や引き寄せの法則などにある大元の前提です。

一義流気功では、治療時に筋反射テストによって潜在意識から情報を得ます。質問をイエスかノーで回答できる形で投げかけ、その判定を筋肉の抵抗から得ます。

問題の原因や背景、最善の治療法を確定して治療に入ります。これにより表面上の症状にインスタントに対応するのではなく、因果関係の大元へのアプローチが可能になります。また特殊なレアケースであっても、適切に対応できるのが強みです。

肉体や精神に起こっている問題によって、特定の筋力の低下、動作制限が起こっているケースが多くあります。これを治療前と治療後に確認する事により、その場で治療効果を実感できます。

また問題の深刻化によって同様の現象が起こりますので、患者さん自身で状態の良し悪しをチェックする有効な手段にもなります。

肉体への治療法

脳脊髄液は、脳内で作られる微量の液体です。脊髄を通って神経を機能させる役割があり、自律神経に深い関わりがあります。

この脳脊髄液に気を乗せることで、神経系から全身に治療効果を波及させられます。全身を芯から緩め副交感神経に深く入れて、自律神経を整えます。それと同時に、悪い箇所に修復反応が出ます。悪い箇所は無自覚である場合もあり、反応が出て初めて気付くケースも多いです。

狙った箇所の筋肉を緩めます。筋硬直は、その部分の痛み・コリ・不快感だけに留まらず、肉体に様々な悪影響をもたらす起因になります。神経の圧迫、血行不良、体液循環の滞り、内臓機能の低下などから、放置すればより深刻な状態に陥りかねません。

この治療は、筋肉を緩める肉体の機能を利用します。施術者が加わる事でその機能が力強く働き、慢性化した筋硬直をも動かします。マッサージなどでは表面から揉み解していきますが、この治療は芯から作用します。外圧をかけないため、毛細血管が破ける、揉み返しで余計に悪化する、といった心配も要りません。

頭蓋骨は一枚板ではなく、複数のパーツが合わさって全体を成しています。これらが内側に絞り込むように硬くなると、頭蓋骨が脳神経や血管を外側から圧迫する形になります。また頭内部の蝶形骨が硬くなれば、やはり同様に内側からそれらを圧迫します。

人体の機能を司る中枢部分だけに、その被害は多岐に渡り深刻にもなりがちです。またマッサージなどで緩めるのが難しく、一般的には解決の手段に乏しいのが現状です。

一義流気功では「ゆるめる機能を動かす」技術を用いるため、頭蓋骨の硬直に対応します。頭痛や頭重、頭のぼやけ、などの直接的な効果の他、多岐に及んだ被害を解決する起因になります。

小脳は運動機能を司ります。硬直によって圧迫を受けると運動障害が出ますが、手足が動かし難い、歩き難い、といった症状が出る前段階に筋肉の硬直があります。

筋硬直の背景に小脳の圧迫があるケースでは、その部位を緩める治療では効果がありません。小脳を圧迫から解放することで、そこから派生する硬直が初めて解かれます。

骨格の歪みの矯正は、一般的な整体でも幅広く行われています。ただ一義流気功においては、骨格矯正自体を目的にはしません。骨格が歪むには、不均衡な筋硬直が前提にあります。硬直した筋肉が骨を引っ張るから、その方向に骨格が歪むのです。

あくまでも悪いのは硬直であって、骨格の歪みはその副産物に過ぎません。逆に重度の硬直が均等にあれば、吊り合いが取れて歪まない理屈です。その状態を「骨格が歪んでいないから問題ない」と判断すれば、奇妙な話になります。 ほとんどの骨格の歪みは、『脳脊髄液に気を乗せる』、『筋肉の硬直を緩める』などの治療で自然と矯正されます。

内臓機能は全体で繋がっており、その中の一つだけが悪くなる事は、基本的にはありません。全体として下降していく中、特に負担の強い臓器や体質的に弱い臓器が、より深刻に被害を受けるというイメージです。

内臓機能の修復と調整の治療は、神経系から肉体全体を対象にする治療、臓器の硬直からの解放、臓器の機能を司る経絡の正常化などによって対応します。

人間の肉体は、そもそも現在ある飽食の時代を想定していません。特に大食いという訳でなくとも、一般的な食生活である朝昼晩の三食を続けていると、次第に胃も腸も弱ってきます。加えて、そこに間食もあります。

胃は調子を悪くすると、もたれや重さなどの不快感、痛みなどの症状が出ます。そういった症状がなくても、実際には長年の酷使で傷めているケースも多く見られます。

胃の修復と調整の治療は、体全体を対象にして胃も含める時と、胃を直接的に狙う時があります。胃の裏側にある背骨と背中を緩めながら、胃液に気を乗せます。胃は改善を自覚できる人が多く、治療後すぐに「楽になった」という声をよく頂きます。

人間の肉体は、そもそも現在ある飽食の時代を想定していません。特に大食いという訳でなくとも、一般的な食生活である朝昼晩の三食を続けていると、次第に胃も腸も弱ってきます。加えて、そこに間食もあります。

小腸も大腸も、自分で動きながら調整をしています。けれども硬直によって動きが制限されると、知らない間に不具合が蓄積されていきます。

小腸・大腸の修復と調整の治療は、体全体を対象にして腸も含める時と、小腸・大腸を直接的に狙う時があります。腸の裏側にある背骨と背中・腰を緩めながら修復と調整を促します。硬直から解放された腸は、治療中に激しく動き出すケースが多くあります。

一般的には、チャクラは7つの点として知られています。しかし実際には体の中心を貫く線であり、頭と足元を越えて身長以上の長さがあります。これを一義流気功では、チャクララインと呼んでいます。

チャクラは肉体と魂を結ぶものとされますが、チャクララインであってもその機能は同じです。精神体(自分自身の実体であり、魂と同じような概念)が肉体に気を送る際、チャクララインが入り口となります。そこから左右に分かれ上下に流れ、経絡の概念に繋がって行きます。経絡が右なら右、左なら左、と左右で連絡しないのは、この構造ゆえです。

チャクララインが弱くなると、その周辺の機能が落ちます。そして多くのケースで、他の箇所を強くしてバランスを取ろうとします。チャクララインを調整して弱い箇所を修正すると、バランスを取ろうと過剰になっていた箇所は逆に落ち着きます。チャクララインの調整は、肉体と精神体との結びつきを適正にし、心身の機能の土台を整えます。

腎経は、心身のバイタリティーの源です。元気がなく体調不良が続く場合、腎虚(腎のエネルギー不足)が想定されます。

腎経チャージは、この腎虚を直接的に解決するものです。他の経絡にも同様の治療を行えますが、潜在意識がリクエストしてくるのは腎経がほとんど。経絡は全体として連動しているため、他の経絡の不活性も腎経チャージによって改善されます。大腰筋との関係が深く、治療前後での筋力検査では明らかな違いが出ます。

頭蓋底とは、頭と首との境目、頭蓋骨の底です。重い頭を支え続けるために硬直しやすく、硬直すれば神経を圧迫し、自分では緩め難い人体共通の弱点です。

頭蓋底の硬直を起因にして、様々な不調が引き起こされます。直接的には頭痛・頭重、目のぼやけ、耳の不調、思考力の低下など。間接的には、腰痛や膝痛、腕や足のしびれ、内臓機能の低下など、どのような悪影響を及ぼすか知れません。これを緩めて解放して、不調の原因を取り除きます。治療後、即座に解り易い変化として、目が良く見えるようになる人が大半です。

一般的なマッサージや整体では意識すらされておらず、頭蓋底を緩める治療に出合うことすら、偶然では稀です。

丹田には上・中・下があり、ただ単に丹田を言う場合には下丹田を指します。下丹田は正丹田とも言われ、もっとも重要視されます。丹田は五臓の働きに直接的に関与し、生命力に直結します。丹田の強化は、生命力の強化そのものです。

また丹田は潜在意識と繋がっており、これが言語表現の『腹』の用法にも表れています。「腹を決める」、「腹を割って話す」、「腹の探り合い」など、その人の本心や本音の意味があります。「腹が立つ」と「頭に来る」という怒りの表現の違いは、腹が立つ方が心底、怒っている感じがしますよね?

丹田の強化は、肉体の生命力の強化と共に、潜在意識との繋がりを深めます。人としてより高みを目指す方向性の瞑想で丹田を意識したものが多いのは、自身の本質に気付こうとする為です。

超下丹田は、一般的に言われる上・中・下の更にその下に位置する事から、一義流気功で名付けられた言葉です。

下丹田も弱体化しやすい箇所ですが、超下丹田はさらにその傾向が顕著です。下丹田の強化は、お腹の底から力がみなぎる感覚になります。一方、超下丹田の強化は、足元が強化され全身に力がみなぎる感覚になります。肉体の生命力強化という方向性では、同じです。また頭に過剰に溜まった気を適正にし、知性と冷静さをもたらします。

骨盤は冷えやすく、冷えると腸、膀胱、子宮・卵巣などに多大な悪影響を及ぼします。ですから昔から「お腹を冷やすと健康に悪い」と言われ続けていますし、特に女性はその重要性が増します。

骨盤に熱を入れる治療は、肉体の機能で熱を上げます。これにより問題を解決させると同時に、自身の機能で骨盤の熱を保つ力を養います。

肉体を巡る気の流れは、意図的に滞らせています。常時では七割程度で抑えられ、三割は温存されています。これは緊急事態に備えるもので、決して異常ではありません。特殊な状況となった時に解放され、問題解決を図るという正常なメカニズムです。

この滞らせるポイントが肉体に4か所あり、それらを一気に解放します。通常、これ単独での治療は行われません。他の治療効果をより上げるブースターのような位置づけです。4点解放はその場だけのもので、治療後は継続しません。やはり常時では七割程度に抑えられている方が良く、自然と元の状態に戻ります。

脳は肉体全体を統合的にコントロールする主体ですが、厳密に最善を取っている訳ではありません。脳への血流、脳や脳神経の圧迫、といった問題が万全であったとしても、100%ではありません。

肉体運営において脳を最適化させる治療は、その運営の到達度を向上させます。潜在意識がそれを確認し、行き届かない部分を詰めます。通常、最適化の後に肉体の不具合をリカバリーする治療を組み合わせます。

呼吸は、上半身の筋肉全体を使って行われます。そのどこが硬直しても、肺の収縮は制限されます。浅い呼吸は慢性的な血行不良、体の冷え、自律神経の乱れなどをもたらし、様々な症状や病気を引き起こします。

この螺旋エネルギーを使った治療は、呼吸筋全体の硬直を一気に解放します。その場で、肺の収縮運動の大きさが変わります。

制御中枢とは、肉体の進化と共に獲得してきた人工知能、コンピューターのプログラムのようなものです。肉体は単なる物質の寄せ集めに過ぎず、物質をどんなに合成しても、生命体にはなりません。その中に、生き物として機能するシステムが存在しないからです。制御中枢は、物質を有機体にする仕組みです。

原始的な生命体、脳はおろか、神経さえもない生命体が、生物としての秩序を維持できるのは、制御中枢が機能しているからです。より高度な肉体に進化すればする程、制御中枢の数は増えていきます。人間に至っては、数十万個の制御中枢を保持しています。

人工知能である制御中枢は、肉体が受けた苦痛を溜めていきます。これにより痛みに脅え、交感神経を優位にするなど弊害が生じます。また人体以前に獲得した制御中枢は、人体と上手くマッチングしていません。全体としてはバランスを取っていますが、非効率な運営となっています。

トラウマを抜き、人体に合わせて古いものをアップデートすることで、制御中枢の機能を最適化させます。アップデートの実感は難しいですが、トラウマを抜いた効果は痛みの感覚で解るケースが多いです。

肉体に痛みなどの苦痛があると、その箇所で「苦痛の気」が生じます。苦痛の気は重く、自然の機能では処理に手間取ります。全体での気の循環が悪い、あるいは苦痛の気の発生が大きい状況では、処理が追い付かずに蓄積されます。

苦痛の気は、潜在意識では苦痛そのものです。肉体的な苦痛が去っても、身体機能を阻害する毒になります。一般的な気功で邪気と呼ばれるものの正体の一つが、この苦痛の気です。苦痛の気を除去してクリアにすることで気の流れが修正され、心身の機能が正常化されます。特に長く苦痛に苛まれて来た人に、この治療が必要になります。

生物は自身の経験を元にして、進化や環境への適応を行っています。殺虫剤の毒を受けて生き残った個体から、毒の耐性を備えた子孫が生まれるのは有名な話です。ホモサピエンスでは、例えば白人の皮膚が白いのは、日照量の少ない環境に適応した結果です。

ただこれでは、どうしても情報量が限られます。第一、もっとも重要な死の記録がありません。死んだ個体からは、子孫が引き継がれないからです。そこで肉体には、遺伝の系譜とは別の情報が保持されるようになりました。様々な種の死を含む莫大な情報をパッケージとして持ち、進化や環境への適応の参考材料にします。

肉体を運営する精神体は、これを嫌います。死の情報には尋常ではない苦痛が含まれ、近づきたくありません。そのような情報パッケージを持つ肉体という存在そのものを毛嫌いし、精神体と肉体との距離が遠ざかります。

この状況を整理することで、精神体と肉体との関係性が改善されます。結果として肉体の気が上がり、生命力が底上げされます。

人体を構成する物質は、その人体から創造されたのではありません。地球が誕生する遥か以前から存在し、変容と変質を繰り返して、今たまたまその人の肉体を構成しています。

一つ一つの物質には、想像も付かない長い歴史があります。その中には、破壊的な出来事も多分に含まれます。強い衝撃や圧、高熱などによって、物質は姿を変えて来ました。

物質は生命体ではないので、そもそもその破壊に苦痛はありません。しかし精神体が物質の歴史にある破壊的な出来事に触れる時、「苦痛がそこにあるのでは?」と想定します。これにより精神体は、物質の集合体である肉体を嫌います。

この物質の歴史にまつわる状況を整理することにより、精神体は肉体をより好ましい存在と認識します。結果として気が上がり、生命力が底上げされます。

人間が現在の姿形を獲得するまでには、35~40億年の歳月と多くの段階があります。単細胞生物から始まり、水生生物を経て地上に進出し、哺乳類となり、人種となり、ホモサピエンスに至ります。

人類の肉体には、それら全ての経験が受け継がれています。その中には当然、受けてきた多大な苦痛が含まれます。苦痛はトラウマ化し、自律神経を乱し、肉体を誤作動させ、情緒を不安定にします。微生物、水生生物など、優先順位の高いテーマを特定して、トラウマをを解消します。

現存する人類は、私達のホモサピエンスのみです。ホモサピエンスに繋がらない人属は全て滅び、血筋が継承されていません。この場合、進化の分岐は選別作業です。選ばれなかった種は、肉体や生殖能力の弱体化によって、種としての自殺が行われました。

ホモサピエンスに至る系譜に、種の自殺が決まった後に、その決定がキャンセルされた事実があります。種の自殺プログラムは解除されましたが、完全には取り除かれておらず、現在でもホモサピエンスにその名残が受け継がれています。

勿論、種として滅ぶというレベルではありません。ただ個人個人の健康という観点からは無視できる存在でもなく、解除すれば明確な健康上の利益となります。

肉体の生命力は、その部分に向けられる意識の強さで上下します。肉体的苦痛が発生した時、精神はその苦痛の感じ方を和らげようと、意識を薄めて対応するケースがあります。生命力の部分的な低下と引き換えですが、それで怪我が治らないという訳でもなく、多くは目立った問題もなく過ぎ去ります。

しかし苦痛が過ぎ去った後、往々にして意識の強さは回復しません。薄らいでぼやけ、生命力の低いまま肉体が運営されます。例えば、捻挫した足首が治った後、捻挫がクセになってしまった。力が弱くなってしまった。といった弊害が、延々と残ります。筋力、感覚、治癒力などの全てが落とされます。これが手足などの末端ではなく、重要な体幹部であれば、深刻な健康被害の原因となります。

また部分的な気の脆弱化は、その半身全体を弱くします。元の生命力を10として、左足首が部分的に5になってしまった。その影響で左半身全体が7にまで落とされる。といった現象が起こります。

後天的、部分的な生命力の低下を解決すると、まず筋力と感覚が蘇ります。そして治り切っていない箇所は、より高いレベルに治癒させようと反応が始まります。煽りを受けて低下した半身の生命力も上がり、未解決の問題があれば修復が始まります。

これは人類の約7割が抱える問題で、その中の大多数が左半身です。正中線で弱い側には、筋肉も内臓も全てが弱くなります。7割という多くの人が持つ問題であっても、そう自覚する人は稀です。生まれつきであるが故に、異常だと認識しません。左手や左足が鈍くても、利き手じゃない方はこんなものと気にしない。胃が弱くても、食生活や遺伝的な体質だと捉えるからです。

健康面での被害は、10:7の三割落ち辺りから目立ち始めます。ただアスリートなど肉体性能に極限を求める立場であれば10:9未満でも問題です。弱い側で筋力と感覚が落ち、明らかな足枷になります。また顔の張りという部分で、美容には直接的な関係性があります。弱い側の顔は張りが弱く、目の位置や頬が下がり気味で、老けた印象になっています。

左半身ばかり、右半身ばかりに病気、症状、怪我などが集まる傾向のある方は、この先天的な左右の生命力差が疑われます。

先天的な左半身/右半身の生命力の弱さが解決すれば、その場で筋力と感覚の向上が確認できます。また弱かった半身を強く作り直そうと動き始め、筋肉の付き方や内臓機能がじっくりと改善していきます。

肉体は精神体を抜きに、原始的ではありますが精神活動を行っています。ですから痛みや衝撃を苦痛に感じ、それが心と同様にトラウマ化もします。

その中で、「細胞分裂の失敗」に対するトラウマ化があります。トラウマ化した出来事は意識が薄れてボヤけ、それが次の失敗へのリスクを上げます。要は、苦手意識を持ったせいで余計に失敗するのと同じです。細胞分裂の失敗、ガン細胞が作られてしまうこと自体は、仕方ありません。誰にでも起こる現象で、免疫機能とのバランスが取れていれば大丈夫です。けれどもトラウマ化して失敗リスクが上がれば、そのバランスが難しくなります。

細胞分裂の失敗(ガン細胞)のトラウマを抜く治療は、その余計に増えたリスクを初期状態に戻します。

経絡には毒を流して排出するという役割があり、その量が多いほど筋肉を硬直させる相関関係があります。7割の筋硬直でこの経絡の毒出しとの因果関係があり、それは手足の末端を使った検査で確認できます。

例えば、肝経を使った毒出しによって首を回し難いとします。この状況に対して肝経を活性化させて毒の排出を促す治療を行うと、その場で硬直が解け、首の動作制限も改善します。

但しこの改善は、あくまでも一時的なものです。次に控えている毒出しが来れば、また同様の筋硬直に至ります。この慢性的な状態から抜け出すには、日常的に毒を排出し、抱える毒の総量を減らしていくことです。

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精神・メンタルへの治療法

経絡には毒を流して排出するという役割があり、心の毒も含まれています。それは手足の末端を使った検査で確認できます。

例えば、ある特定の出来事についての心の毒(苦痛)を、肺経から排出しているとします。この状況に対して肺経を活性化させて毒の排出を促す治療を行うと、その場で出来事に対する辛さが軽減します。但しこの改善は、あくまでも一時的なものです。次に控えている毒出しが来れば、また同様の筋硬直に至ります。この慢性的な状態から抜け出すには、日常的に毒を排出し、抱える毒の総量を減らしていくことです。

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経絡には毒を流して排出するという役割があり、心の毒も含まれています。心の毒は大きく重く、滞るのが通常です。心の毒を小さく破壊すると、経絡を通りやすくなります。この治療により、短時間でより多くの心の毒を排出させられます。

※心の毒を無くす治療には種類があり、その時々で利益の高い方法が選択されます。

悲しみには、心の毒を減らす機能があります。心の毒を悲しみという精神活動に巻き込み、苦痛ではない他の形に変化させます。悲しみには苦痛が必要であり、苦痛が悲しみによって消されれば、悲しみもまた一緒に消えます。だから人は、悲しんでいる内に立ち直れるのです。

けれども人は、自分の意思で悲しみを中断できます。「もう悲しまない」、「悲しまないで、前向きになろう」といった決定により、悲しみの形をした心の毒が中途半端な形で残ります。これは悲しみ切って最後まで消化させなければ、何年でも何十年でも残り続けます。悲しみを拒否する価値観や考え方の人ほど、悲しみの心の毒を大量に抱えています。悲しみを動かす治療は、中途半端な形で残った悲しみの毒を動かし、その役割を全うさせます。

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怒りには、心の毒を減らす機能があります。心の毒を怒りという精神活動で拡散させ、苦痛を消し去ります。苦痛は怒りにとって燃料であり、燃料が尽きれば怒りの継続はできません。気が済むまで怒れば、後はスッキリ! という経験は、誰しも覚えがあるはずです。

けれども人は、自分の意思で怒りを中断できます。「もう怒るのは止めよう」、「気分を変えて怒りから目線を変えよう」といった決定により、怒りの形をした心の毒が中途半端な形で残ります。

これは怒り切って最後まで消化させなければ、何年でも何十年でも残り続けます。怒りを拒否する価値観や考え方の人ほど、怒りの心の毒を大量に抱えています。

怒りを動かす治療は、中途半端な形で残った怒りの毒を動かし、その役割を全うさせます。

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心理的外傷と日本語訳されるトラウマは、現在では常識的な言語になっています。一義流気功ではこれを、『記憶領域 + 心の毒(精神的苦痛)』と定義づけています。

気とは、精神活動そのものです。意図する、思う、感情が動く、といった精神活動によって気は生み出されます。気は物質であり、生み出される、蓄積される(増加する)、減少するものです。精神的苦痛も、その一種です。

『記憶領域 + 心の毒(精神的苦痛)』は、過去の出来事です。しかしその中に存在する心の毒は、今の自分自身が持っています。だからその出来事を想起した時、今の自分が苦しいのです。

心の毒に、時効はありません。処理されて無くならない限り、何十年でも残り続けます。小学生やそれ以前のトラウマが、大人になっても消えてくれない。40代になっても50代になっても、お年寄りになっても色濃く残り、延々とその人を苦しめる。そんな事態も、決して珍しくありません。

ではトラウマが解消されるとは、何でしょうか? 『記憶領域 + 心の毒(精神的苦痛)』から、心の毒が消えた状態です。トラウマから心の毒が取り除かれたなら、そこにあるのはただの記憶です。

記憶自体が消える訳ではないので、辛く苦しかった出来事は覚えています。ですからその出来事を思い出した時、「あの時は、辛かったな」とは思います。しかしそこに心の毒が存在しないため、今の自分は苦しくありません。これが、トラウマが解消した姿です。

一義流気功には、多種多様な心の毒を無くす技術が存在します。場合によっては異常反応の解体と合わせて、心の毒を消去し、トラウマを解決します。

一般的によく言われるトラウマとは、『心の毒が含まれた記憶』です。苦痛のあった出来事は、過去であり実体がありません。しかし処理されず残った心の毒は、今の自分自身が抱える苦痛です。だからトラウマは、過去の出来事であっても今の自分を苛むのです。

人の心には自然治癒があり、心の毒は処理、除去される対象です。これは潜在意識が行う作業で、表面上の意識からは察知できません。処理された後に、気にならなくなった、楽になった、といった形で感じられるものです。感覚的には、静かに自動的にです。

潜在意識では、立場が真逆です。その出来事の記憶を直視して心の毒を抜き去り、問題の解決に当たっています。この治療は、その心の毒を含む記憶への直視を潜在意識に促し、心の自然治癒力を強く機能させます。

心の毒の含まれる出来事を直視して消す治療は、セルフワークとしても情報を公開しています。画像をクリックすると、アマゾンページに行きます。

人は、発生した心の毒を処理する機能を持っています。その中で存在を消滅させる手段は、心の自然治癒には含まれていません。排出する、変容させて無害な形に変える、といった他の手段が採用されています。

心の毒を気の法則に沿って消す治療は、通常の自然治癒ではない形で心の毒を無くします。

※心の毒を無くす治療には種類があり、その時々で利益の高い方法が選択されます。

一度、鬱やパニックなどになって、何年も抜け出せない。良くなったと思っても、何度も悪化を繰り返してしまう。……といった人は、ほぼ例外なく異常反応の数値が高くなっています。

異常反応とは、胎児~2歳くらいの間に形成される不合理な恐怖心です。危険性のないものを危険だと恐怖する異常な反応です。この狂った領域が大きければ大きいほど、その人の精神は不安定に弱くなります。逆に、正気である理性の占める領域が大きければ大きいほど、その人の精神は健全で正気になります。

異常反応が占める割合として20%を超えると、日常生活に支障が出る傾向が強くなります。35%を超えると、考え方の整備、ストレス発散などの気分調整、などでは追い付かなくなります。異常反応の解体なくして、個人でどうにか出来るレベルではありません。これは、専門家がどのような療法を用いても同様です。

異常反応は、心の毒(精神的な苦痛)と繋がり、それに栄養を送り続けます。異常反応という根に、枝を大きく伸ばしたトラウマの大樹をイメージしてみてください。異常反応から栄養をもらった心の毒は枯れず、活き活きと生い茂ります。精神には自然治癒があり、心の毒は処理され消される対象です。しかし異常反応からの栄養補給が勝れば、トラウマの大樹は枯れる事なく生い茂り、パワーバランスによってはさらに大きくなり続けます。

異常反応の勢力が心の自然治癒を著しく上回る時、異常反応の解体は唯一の解決策になります。異常反応の解体は、トラウマの大樹から根が切り離されるようなものです。以降は心の自然治癒が勝り、自ずとトラウマの大樹は衰え枯れていきます。

人間の精神は、精神体と肉体とが合わさったものです。精神体は最終的な自分自身であり、高度な精神活動を行う存在です。一方、肉体は生存(個の生存と種の生存)に必要な原始的な精神活動を行います。

通常、精神体と肉体とでは、精神体が圧倒的な優位にあります。しかし精神的な苦痛によって著しくトーンを落とし、心が感じるのを停止させる「無気力・感動」よりも下がると、立場が逆転します。一時的に、精神体が肉体に屈服してしまうのです。

「無気力・感動」よりも下げられたこの帯域では、精神体が閲覧できる形でデータが残されていません。その為、心の自然治癒の外に置かれます。異常反応に大きく浸食されている人は、この帯域に心の毒を抱えるケースがあります。

肉体に屈服した領域での心の毒を処理する治療は、異常反応の解体後、状態を更に大きく前進させるものです。

『肉体に屈服した領域での心の毒を処理する』のご説明が、前提になっております。先に、そちらをご覧ください。

肉体に屈服するボーダーラインよりも更に落とされると、精神体が閲覧できる形でデータが残されていないのは同じですが、その心の毒は治療を以ってしても消せなくなります。ですからこの領域の心の毒は、心の毒ではない他の無意味な形に変容させ、無害化させます。

こちらも『肉体に屈服した領域』の心の毒と同様に、異常反応の解体後、状態を更に大きく前進させるものです。

皆さんも、辛い事と向き合わず、現実逃避をした経験があると思います。他の何かに意識を逸らしたり、あえて深く考えないようにしたり、直視しない分だけ苦痛を感じずに済みます。それと同じ事を、実は潜在意識も行っています。強く重い心の毒が含まれる記憶領域をぼやかし、それを直視しない事で苦痛から逃れています。これを『閉塞された心の毒』と呼んでいます。

閉塞された心の毒は、心の自然治癒の範囲内にはあります。肉体に屈服した領域、及びその下にある心の毒と、その意味では違います。けれども自然治癒に任せておくと、何年後、何十年後に取り掛かるか判りません。

閉塞された心の毒を処理する治療では、準備が整い次第、自然治癒に任せずにこれを消去します。異常反応の解体後、状態を更に大きく前進させるものです。

心の毒(苦痛)が無くなれば、その出来事は過去になります。今の自分が心の毒を抱えていない為、その出来事に触れても、精神は苦痛を味わわなくて済みます。けれども精神領域には、傷跡は残ります。潜在意識はその傷跡を見て、相応の苦痛を想起します。心の毒が消えた後も、幻痛を生み出すのです。幻痛であっても、場合によっては現実の痛みとの区別は難しくなります。

これは言わば、トラウマの後遺症のようなものです。799は、傷跡そのものを過去に遡り、無かったものにして修復します。治療名となった数字の並びは、それを可能にする意図の形態から取ったものです。

通常、影響力の大きい上位数百~数千をターゲットに行われますが、特定の出来事を狙う場合もあります。799によって傷跡が修復された後は、幻痛が消え、より深く精神が解放されます。

心の毒(苦痛)に反応して、一般的なイメージで言う負の感情が生み出されます。怒り、憎しみ、悲しみ、など。怒りや悲しみは、心の毒を処理して無くす手段でもあります。またそれら感情の手段に拠らずとも、心の毒は処理され得ます。

処理され、心の毒という実体が無くなった負の感情は、形骸化して力を失います。ガソリンの切れた自動車のようなもので、自動車の形はしていても、自動車としての機能は果たせません。けれども負の感情の形はしているので、あまりに多く蓄積されれば、自身の精神トーンを下げる要因にもなり得ます。

心の毒が抜け形骸化した負の感情を処理する治療は、その負の感情の残骸を掃除し、無用に精神トーンを下げる要素を取り除きます。

人間には高い知性があり、複数の要素を組み合わせて論理的に結論を導き出す能力があります。ただこの高い知性を発揮するには、ある程度の主体性が必要です。受け身で何の疑いもなく入って来た情報については、論理的思考のフィルターは通されません。所謂、刷り込みです。

これは特に、幼少期から10代中盤辺りで起こる問題です。正誤を判断するに足る認識を備えておらず、フィルターなしで多くのものを丸呑みしてしまいます。勿論、認識を備えた後に改めて検証すれば、その正誤は明らかになります。けれども一度、刷り込まれてしまった結論は、感情発動レベルでは覆りません。理性では解っていながら、誤った結論に基づいて感情が動いてしまうのです。

これは論理的思考のショートカット機能によって引き起こされた、避けようのない不具合です。論理的思考には時間と労力を要し、またその活動によってリソースが埋まります。その思考によって、他の思考を行う余力が小さくなります。

論理的思考のショートカットは、時間と労力、リソースを節約する為に行われます。論理的思考を経ずに結論を出し、他の思考を行う余力を大きくします。有益が有害かでは明らかに有益な機能なのですが、弊害も少なくありません。一度、ショートカットで結論が出るようになると、もうその項目ではキャンセルができません。間違っていると解り切っていて尚、精神はその結論をインスタントに導き出し、感情はそれに呼応せざるを得ないのです。

誰しもが例外なく、この問題を抱えています。不当に低い自己評価、幸福を感じられない、他人を差別し見下してしまう、など多種多様な不合理な感情が、その人生の足を引っ張っています。問題として出て来る項目では、一つのテーマにつき5万~20万程度の刷り込みが確認されます。

刷り込みによる不合理な感情を排除する治療は、不合理な結論に基づく感情を流すシステムを構築します。そこに感情の自覚がなければ、不合理な結論も主観的には存在しないのと同じです。これにより、より合理的な思考と行動が可能になります。

精神体が肉体を担当する形で、一人の人間があります。精神体は精神体としての自我を保ったまま肉体を担当しており、一般的なイメージで人間になっている訳ではありません。ラジコンカーを操作している人間が、ラジコンカーになっていないのと同じ理屈です。

所謂、生まれ変わりは、肉体が生命活動を停止させた後に、他の肉体を担当する事を指します。よく過去世の心の傷や思い残しが今世に影響を及ぼしていると言われますが、実際には、そのようなケースは殆どありません。その肉体での事は、基本的にはその肉体で完結します。ただ完全にないという訳ではなく、レアケースとしては見られます。

また精神体の唯一の役割が肉体を担当して動かす事ではなく、肉体の運営はあくまでもその一端に過ぎません。肉体の運営時、非運営時に生み出された心の毒は、その精神体の機能を損ないます。

精神体の年齢は個々で異なりますが、最長では76兆年に及びます。精神体、最大76兆年の心の毒を処理する治療では、過去世といった概念に限定せず、その中で抱え残している心の毒を消去します。

人は、発生した心の毒を処理する機能を持っています。その中で存在を消滅させる手段は、心の自然治癒には含まれていません。排出する、変容させて無害な形に変える、といった他の手段が採用されています。

けれども、消すという手段が使えない訳ではありません。出来る・出来ないでは出来るけれど、心の自然治癒に採用されていないだけです。また採用されていない合理的な理由も、特にはありません。

心の毒を消す機能をインプットする治療は、心の自然治癒に『消滅させる』を加えます。これにより生涯に渡って、心の自然治癒で『消滅させる』が行われます。

心の毒が含まれる記憶と記憶は、何らかの共通性によって連結されています。その項目は苦痛を生み出した主題とは限らず、たまたま目に入ったテーブル、たまたま聞こえてきた自転車のブレーキ音など、雑多な繋がり方をしています。

連結された心の毒を含む記憶は相互作用をし、関係が深く複雑になるほど解消が困難になります。そこにはAを消去するためにはBを消去せねばならず、Bを消去するためにはCとDを消去せねばならず……といったパズルのような構造があります。こうしたパーツが記憶領域全体に散らばるように存在すると、潜在意識下でも出来事の検索に時間と労力がかかります。

 心の毒が含まれる記憶の断片化を解消する治療は、それらを閲覧し易く整理します。心の自然治癒が円滑に行われるよう、土台を整えるものです。

精神的苦痛、心の毒は、治療という特別な機会に拠らずとも、心の自然治癒機能で減らされています。普段の心の毒出しは、一つの特定の出来事を集中的にではなく、複数の多くを少しずつ処理する形です。

心の毒と心の毒をリンクさせ、その処理をより円滑にします。

一言で心の毒と言っても、その深刻さには段階があります。軽いものでは、ちょっとイラっとする程度。極めて重くなれば、心が死んで活動を止めてしまうレベルまであります。どの記憶領域にどのレベルの心の毒があるのかは、潜在意識の立場であっても、閲覧して精査しなければ全貌はつかめません。

この治療では心の毒の処理はせず、まず情報収集と整理をします。軽さ、重さで5段階に分類して印を付けます。これにより、心の毒の全体像を把握すると共に、以降の閲覧が容易となります。心の毒の処理がより迅速に効率的に行われるようになります。

愛05は、幼少期に得られなかった愛情の欠落を解決する治療です。

愛の内訳は、『一体感 + 尊重』です。一体感とは、自分と同じ存在かのような感覚。尊重とは、価値ある重要なものという評価です。ですから価値ある重要な存在と認識していても、一体感が伴わなければ愛ではありません。また単なる『好き』とも、かなり異なります。

潜在意識は、互いに思うだけ、意図するだけで交流が取れます。言葉や態度に拠らずとも、愛情は子供に伝わっています。幼少期の5才くらいまでは、潜在意識においても自分と他人との境界線が曖昧です。自分に向けられた愛情には、内訳にあるように一体感が含まれている為、自分が自分を愛しているのと変わりません。つまり他人から愛情を向けられる事は、「自分は価値ある重要な存在である」と思っているのに等しくなります。

その認識が、初期の人格形成に入れ込まれます。受ける愛が高ければ高いほど、人格で「自分は価値ある存在である」と自分を肯定します。以降、この自己肯定は一生の財産になります。

5才を過ぎた辺りで、曖昧だった自分と他人とを区別し始めます。すると他人から受ける愛情の意味も違ってきます。「他の人が自分を価値ある重要な存在だと思っている」となり、それはもう人格には入れ込まれません。5才までで、愛情のチャージは終わるのです。

ですからそれ以降の年齢で、どれほどに愛情を注がれようと、この意味でのチャージは行われません。5才までの環境で、一生の自己肯定感が決まります。この自己肯定に理由はありません。ただ自分という存在だけで、価値がイコールになります。これとは別途に、理由を付けての自己肯定は可能です。ただ理由は価値観によっては否定されるため、絶対的ではありません。愛情のチャージが低い人ほど、理由を付けての自己肯定に依存せざるを得なくなります。

またチャージされた愛情の素地は、自己肯定だけではなく、他人との一体感に繋がります。チャージされた愛情が高いほど、他人との一体感を得やすく、情によって結ばれる深い関係を築けます。一方、チャージが低いと、他人に対して関心の薄い人となります。情の薄い孤独な人になりがちです。

そして自分自身のチャージ量は、子供へと引き継がれます。愛情の強さは、一体感の強さです。高いチャージ量を持つ親は、そのまま子に高いレベルで愛情をチャージできます。低いチャージ量では、どれ程に大切に思って育てようと、自身と同レベル以上のチャージにはなりません。他人と持つ一体感の強さは、思いや努力でどうにかなるものではないからです。

愛05の治療は、5才以降であっても、そのチャージ量を飽和状態にまで引き上げます。自然な自己肯定感が生まれ、心が穏やかに安定します。他人と一体感をもった関係を築けるようになり、そこに人と繋がる喜びが得られます。一体感は他人への情となり、情に根差した自然な優しさが生じます。そして自分自身が親となり与える立場となった時、同じ高いレベルで愛情のチャージをしてあげられます。

愛情チャージの低かった人が愛05を受けると、精神の土台が変わります。自分に向けられて来た愛情の意味が変わり、それが喜びに変わります。「ふーん……」から、「嬉しい♪」のような変化です。それは愛05を受けた後にスタートし、改めて体感されていきます。けれども実は、過去にもその資産が蓄積されています。土台が無かった為に「ふーん……」と流されて来た記録です。

これを愛6Nの治療では、改めて過去の記録を潜在意識下で追体験します。そこに無かったはずの喜びが生み出され、精神トーンを上げ、以降は生涯の財産となります。

人間は酷く精神トーンを落ち込ませると、悪意が固着して外せなくなります。悪意とはこの場合、純粋な攻撃性を指します。対象は何でも構わない、無差別に攻撃したいという加害欲求です。

苦痛によって精神が落とされていった先に、絶望して嘆き悲しむ『悲嘆』があります。更に追い込まれると、感情が消える『無気力・感動』があります。この二つの間に安全装置があり、攻撃性を発動して強引にトーンを上げます。

無気力・感動は、生存すら困難な精神状態です。ですからこの安全装置の発動に、失敗は許されません。そこで攻撃性は、ある手段を用いて精神に固く結び付けられます。無事に安全装置が発動し、トーンを引き上げて危険領域から脱しました。しかしその代償として、固く結び付けられた攻撃性は残ります。以降は純粋な加害欲求として、常にその人の精神に在り続けます。

無差別の加害欲求があるからと、その辺りの人や物を無差別攻撃する訳ではありません。理性が働き、攻撃に許可を与えなければ何も問題は生じません。けれども理性が何らかの根拠で攻撃を容認、あるいは理性そのものが脆弱になれば、固着した悪意は解放されます。その分だけ、攻撃性は苛烈なものになります。

普通の人生を歩んでいる人でも、こうして出来た固着した悪意を1~3個くらいは抱えています。異常反応が大きい、あまりに壮絶な経験を繰り返してきたなどの事情があると、その数は莫大なものになり得ます。二桁以上になると、自身の攻撃性をコントロールするのも困難です。

固着した悪意の解体は、精神に固く結び付けられた攻撃性を外します。怒った時に、以前よりも強く怒らなくなった。以前よりも早く冷めるようになった。恨んでいる人を、許した覚えもないのに興味がなくなった。といった変化を実感される人が多いです。

気を生み出せる総量には、個人差があります。生み出された気は心身の活動に分配され、その大元にある総量は、単純に大きければ大きい程に有利です。

 肉体、感情、精神力、意識レベル、認知、知性、に振り分けられますが、総量の増加は、主に知性の向上になって現れる傾向があります。なぜなら元々、知性は他のものに振り分けた残りで配分され、増えた分がそれぞれに加算されるのではなく、知性に集中するからです。

 総量は数値化されており、90台前半~後半がボリュームゾーンとなります。80台に入ると目に見えて知性の低さが表れ、総量が上がって短期間で人が変わったように知性が向上するケースもあります。平均的な位置からの向上では同じような即効性はなく、時間をかけて新境地に手が届いていくイメージになります。

精神活動のエネルギーは有限で、任意に対象を振り分けて使います。対象は少ない方が、一点につきより多くのエネルギーを向けられます。対象が多くなれば、その逆です。

車を運転しながら、助手席の人と話をする。といった日常で見られる当たり前の状況も、道の状況、アクセルワーク、車体の挙動、相手の話を理解する、自分が言おうとしている内容の言語化、相手のリアクションから理解度や感情を察する、など、実に多くの精神活動が同時進行しています。ただこれが、狭い難しい道だったらどうでしょうか? とても話をする余裕などなく、運転に集中しなければなりません。これが精神エネルギーの分配です。

潜在意識でも、原理は同じです。実は潜在意識でも複数の精神活動を同時進行しており、やはり有限の精神エネルギーを振り分けています。ここに不要な精神活動がある場合、何の役にも立たないのにエネルギーだけを持っていかれる。その分、他の振り分けが出来なくなるというロスになります。

また表面上の自覚できる顕在意識と潜在意識は、ともに同じ精神エネルギーのプールを使っています。潜在意識にロスがあれば、それは顕在意識にまで影響を及ぼします。ロスの大きな人は、集中力が低い、いつもボーっとしている、といった問題が発生します。

不要な精神活動の分散を停止させる治療は、その潜在意識のロスを断ち切ります。無駄に流れてしまっていた精神エネルギーを有効活用できるようになり、その利益は顕在意識と潜在意識の双方に及びます。

精神活動のエネルギーは有限で、任意に対象を振り分けて使います。対象は少ない方が、一点につきより多くのエネルギーを向けられます。対象が多くなれば、その逆です。

車を運転しながら、助手席の人と話をする。といった日常で見られる当たり前の状況も、道の状況、アクセルワーク、車体の挙動、相手の話を理解する、自分が言おうとしている内容の言語化、相手のリアクションから理解度や感情を察する、など、実に多くの精神活動が同時進行しています。ただこれが、狭い難しい道だったらどうでしょうか? とても話をする余裕などなく、運転に集中しなければなりません。これが精神エネルギーの分配です。

潜在意識でも、原理は同じです。実は潜在意識でも複数の精神活動を同時進行しており、やはり有限の精神エネルギーを振り分けています。ここに不要な精神活動がある場合、何の役にも立たないのにエネルギーだけを持っていかれる。その分、他の振り分けが出来なくなるというロスになります。

また表面上の自覚できる顕在意識と潜在意識は、ともに同じ精神エネルギーのプールを使っています。潜在意識にロスがあれば、それは顕在意識にまで影響を及ぼします。ロスの大きな人は、集中力が低い、いつもボーっとしている、といった問題が発生します。

不要な精神活動の分散を停止させる治療は、その潜在意識のロスを断ち切ります。無駄に流れてしまっていた精神エネルギーを有効活用できるようになり、その利益は顕在意識と潜在意識の双方に及びます。

称賛は、人の心にとって大好物です。価値観や考え方によって称賛されるのを厭う人もいますが、その根本は変わりません。『称賛は心の大好物』は、人類共通の普遍的なものです。

それは話を盛ってでも、嘘を吐いてでも称賛されたい人の行動に、如実に表れています。嘘であろうと相手のサービストークであろうと、それが称賛の形をしているなら関係ありません。称賛はただ称賛というだけで、心にとって多大な価値があるからです。

称賛を受けた精神は、トーンを大きく上げます。人の精神はトーンを上げる程に性能が向上し、心の毒(精神的な苦痛)の処理も促進されます。称賛の治療は、口頭で行われません。潜在意識に称賛を送り、そのトーンを引き上げるものです。

一般的に「成功」というと、ある程度以上の難易度が前提になります。合否判定の厳しかった難関大学に合格するのは成功ですが、小学一年生の計算ドリルで満点を取っても、当たり前すぎて成功とは見做されません。

けれども潜在意識にとって、成功判定に難易度のハードルはありません。意図して行動して目的を達成できたなら、全てが成功です。立ち上がる、歩く、指を動かす、といったレベルからそう見做されます。成功をすれば、そこには「よし!」という喜びがあります。ハードルの高さや報酬の大きさによって喜びの大きさは変わるものの、どんな些細な成功にも喜びが生じています。その喜びは一生、消えることなく精神の財産となります。

成功によって喜びを生じさせると、精神はトーンを上げます。人の精神はトーンを上げる程に性能が向上し、心の毒(精神的な苦痛)の処理も促進されます。 自身の成功体験で精神のトーンを上げる治療は、大小、様々な成功体験から喜びをかき集め、心の糧と変えます。

人は幸せを生み出した分だけ、心を強くします。幸福はその場だけの喜びではなく、一生の財産になります。

幸福感にも、個々人の才能があります。強く幸福を生み出せる人もいれば、弱くしか生み出せない人もいます。ただ強く幸福を生み出せる人は、同じだけ不幸も強く生み出せるため、それがトータルで良い事かは判断が分かれる所でしょう。しかし不幸を生み出したからと幸福の財産が目減りする訳でもなく、この意味で言えば、間違いなく強い幸福感を生み出せる才能は益となります。

至上の幸福感の治療は、自身の素養では生み出し得ない強い幸福感を受け取るものです。心のエンジン出力が上がり、以降は一生の財産として残り続けます。以前より落ち込みが小さくなった、心が安定した、といった変化をもたらします。

無とは文字どおり、何も存在しない事です。けれども精神領域において、無とは無という実在です。

無は無なので、それ自体は毒にも薬にもならない存在です。けれども無によって、精神領域が拡大されます。無を保持する治療は、精神領域を拡大して負荷を減らします。例えばある出来事で精神的な負荷がかかった時、無によって拡大された分、深刻さが軽減します。

全てが満たされていると感じながら生きている人は、極めて稀です。大抵は、何かが足りないと飢えています。それは人間関係の何かかもしれませんし、社会的な評価やステータスかもしれませんし、能力的な何かかもしれません。その飢餓感には功罪があり、前向きにはモチベーションに繋がりますが、直接的な影響では幸福度を下げ、場合によっては合理性を損なわせます。

完全を象徴するものを保持する治療は、潜在意識が「自分は全てを所持している」と見做す変化をもたらします。これにより心の底から喘ぐような飢餓感が消失します。

価値観として「自分は〇〇が足りない」と考える癖は残りますが、以前ほどに心が渇望しない事に気付けます。

よく「生まれ変わって人間になる」という表現がありますが、これは正確ではありません。精神体(一般的にイメージされる魂と同じ概念)は、精神体としての自我を保ったまま、肉体を運営しています。人間の肉体を運営しているから、人間になっている訳ではないのです。ラジコンカーを操作している人が、ラジコンカーになっていないのと同じです。

殆どの精神体は、自分がなぜ肉体を運営しているのか? 自分が何者で何を使命にして存在しているのか? を把握していません。ただ何となく自分の存在を受け入れ、何となく肉体を運営する事になっているからそうしています。簡単に表現すれば、呆けています。

この背景には、強い衝撃を受けたという共通の経験があります。衝撃により自我が混濁して、何となく決められた通りに、至上命題である改善の衝動を元にして動く存在になっています。

『精神体が受けた強い衝撃による混濁をクリアにする』治療では、精神体の自我を回復させます。これにより肉体の気が底上げされ、精神トーンが上がります。

人間の存在は、精神体と肉体とで成立しています。精神体(魂のような概念)が肉体を支配し、動かしている関係性です。精神の主体は精神体にありますが、肉体は肉体単独で、原始的な精神活動を行えます。そこに高い知性を有する精神体が合わさって、人間の心、精神という訳です。

精神体は、肉体と感覚を共有しています。肉体の原始的な精神活動に対して、精神体はそれを自分の精神活動として認識します。肉体の精神活動は原始的であるが故に、高い知性から見れば、度々、合理性を欠きます。

群れを作る野生動物にとって、序列が下がったり追放されたりするのは死活問題です。人間社会にも、様々なコミュニティーがありますが、その一つ一つが群れの一種です。「グループの中にいたい」、「仲間外れにされたくない」、「理不尽でもボスには逆らえない」といった感覚に、きっと貴方も覚えがあるはずです。その思い、感情の大元に、肉体の原始的な精神活動があります。

また投資を含めた賭け事をされる方であれば、損の痛みも知っているはずです。そこで金額以上の苦痛を感じてしまうのも、やはり大元にそれがあります。お金は命を象徴するため、何も交換せずに減るのは命を削られている感覚になります。

こうした肉体の精神が感じる痛みや恐怖は、そのままの強さで精神体を襲います。すると精神体がその強い衝撃で理性を失い、酷くすればパニックに陥ってしまいます。そこから、グループ内での理不尽な行いや、ギャンブルで熱くなって大損してしまうなど、合理性を欠く愚かな結果を呼び込みます。

群れとギャンブルは、あくまでも分かりやすい一例です。肉体は様々な場面で、原始的な精神活動を行い、その中には実体を伴わない苦痛と恐怖が含まれています。それらに逐一、現在の構造では精神体が巻き込まれ、たやすく理性を失ってしまいます。

『精神体と肉体との感覚共有を再構築する』は、その構造を変更させます。有害となるポイントで感覚の共有を切り、精神体が一緒に濁流に翻弄されるような事態を防ぎます。治療後も、肉体の精神活動は変わりません。変わらず知性の低い不合理な反応をしますが、精神体はそれを俯瞰して冷静に見ている形になります。この治療は、人生を合理的に歩む上で大きなプラスになります。

肉体・精神への治療法

自身と1以外の数で割り切れないものを、素数と言います。3,5,7,11,13,17……と続くものですね。現在、素数は兆の次、京の桁まで発見されています。その孤独さ故か、素数には多くの人を惹き付ける不思議な魅力があります。

素数の出現は、並べると出鱈目のランダムに見えます。しかしランダムであるなら、ランダムとしての特性があり、調べればランダムではない。では何らかの法則性が存在するのかと言えば、それは解らない。また自然界に素数の出現リズムと酷似したものがある事から、何かはありそう……。というのが、現在の研究段階です。

実はこの素数には、「自然界の収束リズム」という意味があります。物事が収まるべきところに収まるリズムです。人が心身の問題を回復させる中にも、素数のリズムがあります。例えば、何日か症状が出て具合が悪いと思ったら、ある日は調子が良い。何日かしたら、また症状が出る。良くなったと安心していたら、数カ月後にまた症状が……みたいなものが、実は素数のリズムで収束に向かっているのです。

しかし収束の軌道から外れると、停滞して前に進みません。症状が出っ放し、あるいは表面上では沈黙して、問題が解決されずに留まっています。素数への回帰の治療は、この収束の軌道から外れた状態を元に戻し、再び収束に向けて動かし始めるものです。

西洋占星術、四柱推命などの占いの分野では、生年月日と時間で一生の運勢が定まるとされています。こうした運勢の強弱は、天体の位置関係によって変化するエネルギーの強弱に起因しています。常に変動する不安定なシステムを、占いの世界では運勢として見ているという訳です。

周期的なエネルギーの強弱を安定させる治療は、このシステムを個別に再構築し、常に一定の強い状態に保ちます。エネルギーに敏感な人で、且つ治療時に弱い周期にあれば、その場でエネルギーの向上を実感できます。常にスーパーマンでいるというより、極端に弱る時がないというイメージです。

他の治療『不要な精神活動の分散を停止させる』と似ていますが、大元になる主体が異なります。不要な精神活動~は、精神の主体が対象です。脳が行う不要な~は、その後に来る肉体が対象です。

精神活動を行う主体は、精神体です。精神体は脳や神経などを持つ肉体がなくとも、精神活動を行っています。脳は、それを電気信号に変換する装置といった位置づけです。この治療は精神体の意図から分離して、脳が意味なく動き続けている部分を対象とします。

脳が行う不要な精神活動を停止させる治療は、今、生存するのに必要な脳の活動だけを残して効率化させます。解る人は、その場で心の静けさを感じます。脳の負担が軽減し余力が生まれ、脳をフル動員すべき事態に備えられます。

まず殆どの人が聞き慣れないであろう反物質について、ご説明します。WEB上での、一般的な内容です。

「反物質とは、素粒子が存在している物質と同じ性質を持ち、質量と電荷が反対の素粒子で構成された物質のことです。例えば、陽子に対して反陽子、電子に対して陽電子があります。反物質は物質と接触すると引き合い、相互作用することができますが、接触すると直ちに相互消滅し、光や熱などのエネルギーを放出します。反物質の研究は、宇宙物理学や原子科学、エネルギー変換技術などに重要な影響を与えることが期待されています。」

精神体は、この反物質を生み出す能力を有しています。有害・不要な物質と対になる反物質を生み出し、相互消滅させます。ただこの治療、何にどういった効果があると明確には言えません。あまりに根本的なアプローチなので、そこから派生する効果が幅広く、最終的な効果を謳えないのです。

ある人は膝の痛みが消え、ある人は冷え性が改善し、ある人は意味不明の悪寒が消え、ある人は「言葉に表現できないけれど、明らかに体の感覚が良くなった」と言います。また精神活動によって生み出される気も物質ですから、精神への反物質治療もあります。心の毒を処理するのとはまた違うアプローチで、不要な精神エネルギーを取り除きます。

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