メンタル不調、病名はつかないがしんどいと感じる人へ。“原因不明のつらさ”に一義流気功という選択肢

精神問題

病名がつかないしんどい状態とは?

病名はつかないのに、毎日がしんどいという現実

検査や診察で「異常なし」。けれども毎日、ただ普通に生活しているだけで、しんどい、辛い、というメンタル不調に悩む人は、実は珍しい存在ではありません。

朝起きた瞬間から体が重く、布団から起き上がるまでに時間がかかる人もいます。仕事や家事に手をつける前から、すでに一日のエネルギーを使い切ったような感覚を抱く人もいます。休みの日にしっかり眠ろうとしても、目が覚めたあとに頭の重さや心のだるさが残る人もいます。客観的には満たされた環境のはずなのに、不幸とまでは行かないけれど幸せを感じられないという人もいます。​

外から見た印象では普通に生活しているように見えても、心の中では「何をしても疲れる」「特別な理由がないのにしんどい」と感じ続ける人がいます。このような状態は、病名がつかないというだけで、問題が軽いという意味にはなりません。普通に社会に溶け込んでいるように見えて、内実では、重い足枷を引きずりながら何とか生活しているような状態です。​

検査では「異常なし」なのに、心と体は苦しい状態

この項目では、「肉体の不調で医療機関にかかり、メンタルの問題を指摘されるケース」でご説明しています。ストレスなどを感じて心療内科や精神科を受診される方でも、『心療内科での診察と、あいまいなまま続く日常』以降では同じ内容になります。

内科で「異常なし」と言われたあとに残る違和感

肉体に強い不調を感じた人は、まず内科や各診療科で体の検査を受けます。血液検査や画像検査を一通り行っても、「大きな異常はありません」「検査上は問題ありません」と説明される場面が多く見られます。重大な病気ではなさそうだと分かると、多くの人はほっとします。

一方で、本人は頭痛、肩こり、めまい、胃の不快感、動悸、息苦しさなどをはっきり感じています。夜は寝つきに時間がかかり、眠れても浅い睡眠が続き、朝になっても疲労感が抜けません。「検査は問題なし」と聞いても、日常生活では不調が続いているため、「では今の辛さはどこから来ているのか」という疑問が残ります。

医師から「ストレスの影響が強いかもしれません」「心の状態も関係しています」と説明され、心療内科や精神科への受診を勧められる流れに進む人もいます。この時点で、体の検査では説明しきれない領域があると示された形になります。

心療内科での診察と、あいまいなまま続く日常

心療内科での診察と薬による対応

心療内科では、仕事や家庭の状況、人間関係の負担、これまで続いてきた悩み、睡眠の状態などを時間をかけて聞き取ります。医師は、その内容と今の症状を踏まえて、「ストレスによるメンタル不調」「軽いうつ状態の可能性」などと説明します。そのうえで、眠りを助ける薬や、不安や緊張を和らげる薬が処方される流れがよく見られます。

薬を飲むと、強い不安が少し和らいだり、入眠しやすくなったりします。夜中に何度も目が覚めていた人が、以前より長く眠れるようになる変化も出ます。一方で、「体力が戻った」「気力が以前の水準まで回復した」とは感じにくい状態が続く人もいます。

日によって症状の振れ幅が出る人も多くいます。ある日は比較的動けても、別の日には同じ作業で強い疲労を感じるなど、安定しない状態が続きます。良い日と辛い日をくり返すうちに、「改善しているのか停滞しているのか分からない」という感覚が残りやすくなります。

あいまいなまま続く日常

診察室では、「あまり無理をしないようにしてください」、「できる範囲で気分転換を取り入れてください」といった助言がよく出ます。どれも妥当な方向性ですが、実際の生活に落とし込む段階で課題が生じます。どの仕事量を減らすのか、どの家事を人に任せるのか、どのような休み方なら罪悪感が少ないのか、といった細かい部分は自分で判断するしかありません。

その結果、多くの人があまり変わらない生活を続けてしまいます。最初の頃は少しは気にしていても、習慣として根付かせるには至りません。そもそも明確な診断名が付くような追い込まれ方はしていないので、患者側にも「まだ大丈夫」という余裕があります。通院と服薬を続けながらも、日常の負荷は大きく変わらず、「何となくやり過ごす毎日」が積み重なります。こうして表面上は似たような生活を維持しつつ、内側では消耗が続く構図が生まれます。

よくある“病名のつかないしんどさ”の具体例

病名がつかないしんどさには、いくつか共通したパターンがあります。たとえば、次のような状態です。

  • 朝起きた瞬間から憂うつな気分が続き、仕事や家事に取りかかるまでに時間がかかる。
  • 特別な出来事がなくても、一日中気分が晴れず、物事への興味や意欲が湧きにくい。
  • 人と会ったあとに、どっと疲れが出て、何もする気になれない時間が続く。
  • ちょっとした一言を気にして、同じ場面を何度も思い返し、頭の中の反芻が止まらない。
  • 以前は楽しめていた趣味や娯楽を、心から楽しめないと感じる。
  • 常に頭の中がざわつき、考え事が続き、寝る前まで気持ちが切り替わらない。

このような状態でも、医療機関で「うつ病」「不安症」と診断されるほどではない場合もあります。それでも、本人の体験としては、毎日の生活に確かな影響が出ます。家族や職場には「普通にやれている」と見られていても、内側では限界に近い緊張状態が続いている人もいます。

「周りから見れば大丈夫そうに見えるけれど、自分の中では余裕がない状態」と表現できるかもしれません。このようなグレーゾーンのしんどさは、多くの人が抱えているにもかかわらず、明確な概念が存在しません。

精神的に追い込まれていく構図

病気でも健康でもない、あいまいな状態が続いていく内に、多くの人は次第にその状態を悪化させていきます。ここでは、いくつか典型的なパターンをご紹介します。

典型的なパターンA:弱音を飲み込んで一人で抱え込む

自分の辛さを「大袈裟かも」、「自分が間違っている」と受け止める人は、弱音を口に出しにくくなります。家族や職場の人に心配をかけたくない気持ちがから、「大丈夫です」、「何とかやれています」と他人に弱みを見せません。「もう少し頑張れるはずだ」と自分に言い聞かせ、限界付近にあっても一人で抱え込んでしまいます。

このパターンでは、休息をとる、助けを求めるタイミングが遅れます。小さな不調や違和感といった心身の警告を無視して、負担をかけ続けます。

典型的なパターンB:愚痴として話すが、本気の相談には踏み込まない

一人で抱え込むのとは逆に、たくさんの愚痴でバランスを取ろうとする人もいます。「こんな嫌なことがあった」、「気分が冴えない」と軽いトーンで伝え、一定の共感や励ましが得られます。こうしたやり取りで一時的に気持ちは紛れますが、本当に深刻な部分には踏み込めません。

こうした人は、表面上では明るくコミュニケーション能力も高く、人の輪の中にいます。けれども本音の深い部分を明かさないため、実は孤独を感じているケースが多いです。愚痴でとりあえず気は晴れるため、その中途半端な成功体験に頼りながら、内在する問題は深刻化していきます。

典型的なパターンC:自己否定で自分を追い込む

検査や診察で明確な異常が見つからない状態が続くと、自分の感じ方や受け止め方を疑う人もいます。「自分の考え方や受け止め方がおかしい」、「気持ちの切り替えが下手なだけ」と考え、辛い自分をさらに責めてしまいます。「もっと頑張れるはず」、「弱音を吐いてはいけない」と自分を鼓舞すると同時に、そうなれない自分への評価が厳しくなります。

「自分はダメだ」、「周りに迷惑ばかりかけている」という自己評価が固定されるに至ると、辛い自分を批判して辛さを増す負のサイクルが完成します。「弱い自分」「情けない自分」への不満や怒りが強くなり、状態の回復は見込めません。

典型的なパターンD:社会や周囲への怒りを募らせる

職場で、様々な理不尽に耐えなければならない。家庭でも、自分の理解者はいない。医療機関に不調を訴えても、「ストレスを溜めないように」、「気楽に考えましょう」、「様子を見ましょう」といったお決まりの対応で、一向に状態が改善しない。こうした状況が続く内に、社会や周囲への怒りと憎悪が強くなる。こうした他責的な思考で、抗議的になる人もいます。

社会や組織、人間関係そのものへの期待値が下がり、「どうせ相談しても理解されない」、「頼っても意味がない」と精神的な社会との分離が起こります。

複数の要素が混ざり合う

これまで典型的な4つのパターンを見てきましたが、現実には、これら要素を併せ持った複雑さがあります。またあくまでも典型的なパターンですので、このパターンから外れてまた戻って来るケースもあります。自責にあった人が、周囲に怒りを見せて他責になる。かと思えば、また自責に戻る。自己否定の強い人が、何かに目覚めたように自己肯定したかと思えば、周囲や社会に怒りを見せる。弱みを見せなかった人が、急にダムが放水されたように愚痴をこぼす場合もあります。

そこに共通するのは、不明確な辛さと見えない出口です。一時的に気が晴れたり紛れたりはあっても、「生きづらさ」の解決までは得られません。

「気のせい」でも「甘え」でもない理由

しんどさを「気のせい」、「甘え」と捉えると、本当は追い込まれているのに、心身はたくさんのサインを出しているのに、問題の深刻さを見誤ります。

​確かに、「物は考えよう」というのも一つの事実です。同じ対象でも、ポジティブ/ネガティブ、どちらに捉えるかで見えている世界がガラッと変わります。狭くなっている視野を広げるだけで、実はそう大した問題ではないと落ち着ける場合も多いです。そういう意味では「気のせい」というのも、あながち間違いでもありません。視点をちょっと変えるだけで、解決できる問題も多くあります。

ただ、何でも限界はあります。全てがそのような考え方や視点の調整でどうにかなる訳ではありませんし、何をどうどれほど苦痛に感じるかにも個人差があります。そもそも、感情が強くて、考え方や視点の調整自体を苦手にする人だっています。「物は考えよう」という意味で「気のせい」はありますが、やってみてダメだったら、その「気のせい」から外れても良いでしょう。

それ以上に、「甘え」は厄介な概念です。社会通念上や個人の感覚で何となく存在するもので、明確な答えがありません。厳しい基準で査定すれば、生き死にに関わらないほとんどの精神的問題は「甘え」に分類されてしまいます。ですから実は、「甘え」か否かという考え方自体に、あまり意味はありません。どのような基準で査定するかという主観の問題に過ぎないので、わざわざ「これは甘えだ」と辛い自分をさらに否定しても仕方ないんです。

ですからここで、生きづらさを感じている貴方にメッセージを送っておきます。物は考えようと、一回、考えてみてダメだったものは、気のせいではありません。一度でも頑張ってみようと思ってダメだったものは、甘えではありません。

漠然としたしんどさに、一般的にはどう対応しているのか

第1章では、「病名はつかないが、確かにしんどい」という状態がどのように生まれ、時間をかけて深まっていくのかを整理しました。第2章では、そのような生きづらさに対して、多くの人が実際にどのような対処を選び、その中でどんな限界にぶつかりやすいのかを見ていきます。

ここでの整理は、「今までのやり方がすべて間違っていた」という評価ではなく、「どの層にまでは届いていて、どこから先が抜け落ちていたのか」を明らかにする作業になります。

日常でよく選ばれるセルフケアと気分転換

病名がつかないしんどさを自覚したとき、多くの人はまず、自分の力で何とかしようとします。誰かにいきなり深刻な相談をするよりも前に、日常の中でできる範囲の工夫を試して、「今より少しでも楽になりたい」と考えます。

よく見られるセルフケアや気分転換には、次のようなものがあります。

  • 好きなものを食べる、甘いものやお酒で気持ちを紛らわせる。
  • 動画、ゲーム、SNSに没頭して、頭の中の考えごとから一時的に離れる。
  • 休日にまとめて長く眠る、家でだらだら過ごして体力を取り戻そうとする。
  • 散歩、ストレッチ、入浴などでリラックスする時間を意識的に増やす。

これらの方法は、その場のしんどさをやり過ごすうえで役割を持ちます。実際に、「気が紛れた」「少し落ち着いた」と感じる瞬間も生まれます。一方で、生活全体の重さや「生きづらさ」そのものが軽くなったとまでは感じにくく、同じパターンを繰り返す形になりやすくなります。

医療・カウンセリング・ケアサービスに頼る

セルフケアだけでは限界を感じ始めると、多くの人は外部の専門家を頼ります。医療機関、カウンセリング、整体やリラクゼーションなど、それぞれの領域が持つ役割があります。

医療の場面では、心療内科や精神科での診察と薬物療法があります。睡眠の質や不安の強さを調整し、「これ以上悪化しないように支える」という目的で薬を用いることが多いです。強い不眠やパニックに近い症状がある場合には、こうした支えが日常生活を維持するための重要な柱になります。

カウンセリングでは、抱えている悩みや感情を言葉にしながら、第三者に受け止めてもらいます。「自分の話を否定せずに聴いてくれる人がいる」と感じることで、孤立感が和らぎます。自分の思考の癖や、感情のパターンに気づきやすくなるという意味でも、一定の役割があります。

整体・マッサージ・リラクゼーションなどのケアは、体のこわばりや疲労感を緩めます。筋肉の緊張がほぐれることで、頭痛や肩こり、全身の重さが和らぐ人もいます。体が少し楽になると、心の余裕もいくらか戻り、「また明日を迎えられそうだ」と感じられる場面も生まれます。

いずれの方法も、それぞれの範囲で「役に立つ」側面を持っています。ただ、第1章で整理したような「説明しにくい生きづらさ」や、「自分を責め続けてしまう心の流れ」をすべてカバーできるとは限りません。

それでも「根っこ」が残りやすい理由

ここで一度、上で挙げた対処法が働きやすい層を整理します。

  • 薬やリラクゼーションは、「今この瞬間のつらさ」「表面化した不安や緊張」「身体症状」といった層に働きます。
  • カウンセリングや気分転換は、「今抱えている悩み」「頭の中の整理」「一時的な感情の軽減」といった層に働きます。

どれも大切な支えであり、現実的な効果があります。しかし、第1章で挙げた次のような部分には、十分に届きにくい場面が多くなります。

  • 長い年月をかけて積み重なった自己否定、「自分は価値がない」「自分はダメだ」という固まったイメージ。
  • 社会や周囲への怒り、失望、諦め、「どうせ理解されない」という世界観。
  • 言葉になりにくい虚しさや、「何をしても満たされない」という感覚。

薬を使って表面の波を静めることはできますが、心の奥で動き続ける「自分の捉え方」や「世界の見え方」まで同時に書き換えるのは簡単ではありません。気分転換やセルフケアでリフレッシュする時間も必要ですが、その後に同じ重さが戻ってくるという経験を繰り返すと、「根っこが残っている」という感覚が強まりやすくなります。

その結果、「場面によっては楽になる」「その日は少しマシになる」といった実感はありつつも、「生きることそのものが軽くなった」と言い切れない状態が続きます。このギャップが、「何かがまだ動いていない」という違和感として、心のどこかに残ります。

「もう何をしても変わらない」と感じるまでの流れ

セルフケアも試しました。医療機関にも通いました。カウンセリングや整体などのサービスにも足を運びました。それでも、「生きづらさそのものが薄くなった」とまでは言い切れない状態が続くと、人は次のような感覚を抱きます。

  • 自分なりに工夫してきたのに、決定的には変わっていない。
  • 助言も受けたし、支援も利用したが、心のどこかで同じ場所に立ち続けている気がする。
  • 一時的に良くなる経験が、かえって「どうせまた戻る」という諦めに変わっていく。

こうした経験が重なると、「もう何をしても良くならないのではないか」という思いが静かに固まります。過去の試みが「またダメだった」という記憶として積み上がると、新しい方法に手を伸ばす意欲が削られます。「期待して、また落ち込むくらいなら、最初からあまり期待しないほうが楽だ」と考えて、行動そのものを控えめにする人も出てきます。

この流れは、これまでの対処法がすべて無意味だったという話ではありません。それぞれの段階で、そのとき必要な支えを提供してきた側面があります。どの方法も「表面の波」や「日常生活を維持するための支え」に働き、心のバランスを取ってきたに違いありません。ただ、心の奥で固まっている「生きづらさの核」は、話が違います。ここに到達するには、より根源的なアプローチが必要です。

第3章では、こうした背景を踏まえたうえで、一義流気功がどの部分に焦点を当て、どのように「根っこ」へアプローチしようとするのかをお伝えします。

一義流気功治療院では、「病名がつかない生きづらさ」「メンタル不調」に、どう対応しているのか?

それでは一義流気功治療院(東京都荒川区)では、「病名がつかない生きづらさ」「メンタル不調」に、どう対応しているのでしょうか?

背景にある、精神状態の見えない下降圧力

生きづらさとは何か?を改めてまとめると

「生きづらい」を極限まで突き詰めると、精神状態の問題になります。当たり前ですが、いつも気分よく幸福にある人は、生きづらさの中にはいません。また明確に環境が悪い人も、「生きづらい」とは言いません。例えば、酷いブラック企業やモラハラ夫といった環境では、辛くて当たり前です。環境を変えれば、解決します。

ですから「生きづらい」という表現が選ばれるからには、「環境としては普通かそれ以上だけれど、精神状態が悪い」という状況のはずです。「客観的にはそんなに悪い環境ではない(むしろ、良い環境の場合もある)のに、何故か精神状態が悪い」。これが生きづらさです。

精神状態の下降圧力

人間の精神は複雑ですが、それは主に思考回路です。感情については、誰であっても単純明快です。良いことは嬉しい、悪いことは嫌だ。これだけです。精神状態は、気分や感情がどこにあるかです。ここで本質を、シンプルに捉えてください。

この状態さえ作られれば、「生きづらさ」は感じなくなります。

貴方がもしも、「カウンセリングや気分転換など色々とやって来たけれど、解決されなかった」と思うなら、その取り組みが「精神状態を下げる要素 > 精神状態を上げる要素」を覆すには及ばなかっただけです。精神状態を下げる要素、下降圧力を如何に減らしていくかが、この問題を解決する本質です。

異常反応と心の毒(精神的苦痛)

何を試してもダメだったという人のほとんどが、大量の異常反応と心の毒を抱えています。ここで言う異常反応とは、潜在意識にある不合理な恐怖心です。胎児から二才までの間に形成され、そのボリュームによって心の強さ・弱さの土台が大きく左右されます。心の毒は、精神的苦痛そのものです。異常反応が大きいほど、心の毒が色濃く大量に蓄積されていきます。これが、自分ではどうにもならない精神状態の下降圧力になります。

大量に心の毒を抱えていると、ただそれだけで精神状態を押し下げます。辛い、苦しい、悲しい、イライラするといった感覚と感情が抜けず、常に潜在意識に在り続けます。正に、精神を蝕む心の毒です。

異常反応を解体することで、状況は根底から覆ります。それまで強く残り続けた心の毒が減少し、それに伴って精神状態の下降圧力が減ります。そこから高い精神状態を取りやすくなり、「生きづらさ」からの脱却が訪れます。実際、異常反応を解体した多くの人が、まさにこのワードを使って「生きづらさから抜け出せた」と証言しています。

幼少期の愛情欠如

幼少期に受けた愛情は、一生の財産になります。人格形成の中に「自分は価値ある存在である」という認識が組み込まれるため、自己肯定感の基礎となります。幼少期を逃すと、その後にいくら愛情を受けても上積みがされません。初期の人格形成が完了し、固定されているからです。

実はこの問題は、一般的な「親から愛された/愛されなかった」とは異なります。愛情をチャージさせる側にも資質があり、どれ程に大切に育てても、その資質がなければチャージがされません。逆に資質があれば、いい加減に接していてもチャージされます。ですから親から十分に愛されていたはずが、実は潜在下では愛情欠如にあり、自己肯定感の基礎を欠いていたという事態が起こります。

一義流気功では、「愛05」という独自の治療があります。これは人格形成が完了した後でも、愛情が飽和状態までチャージされた状態を形成するものです。ただ自分だというだけで自己肯定するようになり、人と人との繋がりから幸福や安心を得られるようになります。この変化は、精神状態の下降圧力を減らし、さらには上昇圧力を生み出します。

無用な下降圧力を生み出す刷り込み

心の毒とは関係なく、ただ単にそういうものとして学習してしまったものです。

・自分は不幸だ
・自分は劣っている

といった刷り込みがあれば、そのスイッチが押される度に精神状態の下降圧力として機能します。また逆に、本来は「幸せ」「楽しい」と感じられるはずのものが、この刷り込みによって阻害されてしまえば、精神状態の上昇要素を失う結果になります。

この刷り込みを解体して、無用な下降圧力をなくし、取りこぼしていた上昇要因を獲得します。

潜在意識から情報を引き出す 

潜在意識とは、自分で認識できない精神領域を指します。明確な境界線はなく、グラデーションのように分からなくなっていくものです。潜在意識のコアには、最終的な自分自身があります。潜在意識では、自分自身の状態について完全な情報があります。「病名のつかない生きづらさ」にあった時、その状態も背景の因果関係も、全てが承知されています。

この潜在意識から情報を引き出すことにより、「生きづらさ」の内実が浮き彫りにされます。そこにあるのは、異常反応と心の毒なのか、愛情の欠乏なのか、考え方の歪みなのか。正体が判明すれば、自ずと対応の仕方も導き出されます。これにより一義流気功では、一人一人に合わせた丁寧な対応が可能になっています。

まとめ、結論

病名がつかないしんどさ・メンタル不調。検査では異常が見つからず、薬やセルフケア、気分転換も一定の助けにはなりますが、「生きづらさそのもの」が薄れないまま時間だけが過ぎる人は少なくありません。弱音を飲み込む、自分を責める、社会に怒りを向ける、愚痴でやり過ごすなど、反応のパターンは違っても、共通しているのは「どこに出口があるのか分からない」という感覚です。

この状態を「気のせい」や「甘え」と片づけてしまうと、心身が出しているサインを見誤り、必要なケアから遠ざかります。一度でも視点を変えようと試みた、一度でも頑張ってみたにもかかわらず楽にならないしんどさは、きちんと向き合うに値します。

一義流気功では、潜在意識から情報を引き出し、異常反応や心の毒、幼少期の愛情欠如、刷り込みなど「精神状態を押し下げる要因」を見極めて緩めていくことで、病名のつかない生きづらさに丁寧に取り組みます。

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